Column
ターゲット市場を読み解くために
市場構造を読み解く思考技法MCLM
──戦略は、どの“レイヤー”で語るべきか──
- プランニング
2025.07.16
2025.07.16
こんな人におすすめ
- 戦略立ててマーケティング施策を実施しているが、効果が上がらない
- 新たにサービスや製品のリリースを控えている
- 新たな市場を開拓したい
自社のサービスや製品をリリースし拡販していく際、最初に考えることは「どの市場で展開するか?」というターゲット市場の選定です。しかし、市場環境の変化が激しく、顧客のニーズが複雑化・細分化する現代において、「どこで戦うか」を見誤ることは、リソースの浪費や成果の停滞につながりかねません。しかし、多くの企業ではターゲット市場を「製造業」「ITサービス」「金融」…といった従来の業界区分に留めてしまい深掘りした市場構造には辿り着いていません。また、「顧客を増やす」「シェアを拡大する」といった表層的かつ瞬間的な視点だけでは、現在の市場変化のスピードには対応することが難しくなっています。
いま求められる「市場の構造的理解」
いま、市場を理解しマーケティングやプロモーションを成功するために本当に求められているのは、競合分析やペルソナ設計といった個別の手法に加え、それ以前の段階で市場構造そのものを捉え直す視点です。より鮮明に市場の構造を理解することで、その後のマーケティングも更に機敏で効果を狙えるものに変革します。
このコラムでは、市場を構造的に捉えるために、市場の“深さ”と“広がり”を構造的に可視化し、戦略設計や施策整合の精度を高める思考ツール「Market Category Layer Map(以下、MCLM)」を紹介します。このフレームワークはSWOTや3C分析のように「項目を埋めて整理する」ことを目的としたものではなく、むしろ市場や顧客のニーズを「どの深さで語り」「どの粒度で伝えるか」といった設計のズレや整合性を見抜くための“構造的な視座”としてご活用するもので、マーケティングやプロモーションの施策に対してより具体的な指針を与える有効な手法です。
MCLMとは何か
MCLMは、従来の市場を平面的に業界で区分する方法とは異なり、市場の“進化”を見据えた視覚的なフレームワークです。市場の進化(つまり時間の流れ)を「成熟」と「細分化」という2つの側面から捉えることで、変化を続ける市場を構造化しています。
下図に示すように、縦軸には「ニーズ/課題感の粒度」と「市場成熟度」の2つのパラメータを置いています。
市場が未成熟な段階では、ニーズはまだ抽象的で、顧客の課題認識も曖昧です。しかし市場が成熟していくにつれて、顧客のニーズは具体化し、用途や規模、業種別に最適化されます。細分化した先には、新たな市場カテゴリが次々に生まれていきます。実はこの過程で市場全体は拡大していくのですが、いくつものカテゴリが出現し市場が細分化していくということを示しています。
この構造を理解することで、例えば以下の問いに対する指針が得られます。
- 「自社は今、どの層のニーズに応えているのか?」
- 「競合はどの層を押さえているのか?」
- 「今後、どのようなカテゴリが立ち上がるのか?」
このようにMCLMでは、従来より細分化されたターゲット市場に対して、どのように立ち回っていくべきかという具体的施策へと落とし込みやすい形で市場を捉えることが可能です。
なぜ"可変構造"として捉えるべきなのか
市場の構造は、静的なものではありません。新しいテクノロジーや社会課題が登場するたびに、カテゴリの意味やニーズの粒度は更新されていきます。この流れを捉えずに、旧来の構造に依存したままでいると、マーケットとマーケティング戦略の“ズレ”が発生します。
分かりやすい例として、データベースの変遷を挙げてみます。データを紙やExcelで管理していた時期に汎用DBが出現しました。その時は汎用DBで十分にマーケットのニーズに応えられていました。しかし、市場が成熟してくると、用途毎に最適化されたDBが必要になり、市場が細分化していきます。さらに、用途の中でも「規模」「業種」などで最適化したものが登場し、さらに細分化が進行していきます。このようにマーケットとは動的なものなのです。“成熟”という観点が欠けると、たちまちマーケットとマーケティング戦略にズレが生まれてしまいます。
また、「生成AI」という言葉は、登場当初はLayer 1の抽象的な概念でした。しかしこれからは、業界別応用(法務、医療、製造など)や機能別ユースケース(文書要約、プロンプト設計)など、より市場が差分化しながら市場全体は拡大していくでしょう。
このようにMCLMは、「現在地を整理する」だけでなく、「これからどこに市場が広がるか」を予測するフレームでもあるのです。
プロモーションにおける“レイヤー粒度”の重要性
MCLMは、マーケティング戦略やプロモーション設計においても非常に有効です。特に重要なのが、「誰に、どの粒度でメッセージを届けるか」という視点です。
多くの企業が直面する課題の一つに、「広くターゲットを設定して、見込顧客を一気に獲得しよう」という発想があります。
例えば、市場全体は成熟が進み既にLayer 3(=細分化された具体ニーズ)まで進化しているにもかかわらず、「幅広く認知を取るために」と、ターゲティングやメッセージをLayer 1(=抽象的・包括的)に設定してしまうケースです。
確かにLayer 1レベルのメッセージは、潜在層への認知獲得や想起の喚起にはつながります。しかし、それだけでは顧客の課題に具体的に応えることができず、リード獲得には直結しません。市場が細分化されている以上、ニーズの粒度に応じた訴求を行わなければ成果には結びつかないでしょう。
つまり、プロモーションにおいて成果を最大化するには、以下のようなレイヤーごとの設計と役割分担が不可欠です:
- Layer 1(広域メッセージ):市場全体への認知・想起の獲得
- Layer 3(具体メッセージ):顕在化したニーズ/課題に対する直接的なリード獲得施策
この構造を理解せずに「広くメッセージを投下すれば大きな成果につながる」と考えてしまうと、大規模な投資をしてもリード数や商談化率が伸びないという事態に陥ります。
だからこそ、MCLMは「市場のレイヤー構造を可視化した上で、メッセージの粒度と施策の設計を整合させるための“戦略設計図”」として、極めて重要な役割を果たすのです。
MCLMがもたらす未来の視点
MCLMは単なる「市場の整理フレーム」ではありません。最大の価値は、まだ誰も定義していない“次のLayer”を見つけるための思考法であるという点にあります。
いま市場に存在していないカテゴリでも、顧客の成熟とともにやがて登場する「未定義の層」があります。そこを先回りして発見し、自社が命名し、定義し、支援メニュー化できたとき──それは市場の先取りになります。市場の先取りに成功したならば莫大なメリットを享受することが出来ます。
- ブランディングの起点となり、
- 顧客の想起を先取りし、
- 顧客の“ニーズを定義する企業”としての優位性を築けるのです。
つまり、MCLMの本質は「競争に勝つこと」ではなく、市場を“定義する側”になるための思考装置なのです。MCLMを理解するとは、競争に勝つことではなく、“市場を定義する側”になるための視点を持つことなのです。
市場は拡大を続けながら、同時に細分化し続けています。この二軸が織り成す無数の交点で、「どの深さで戦うか」「どの深さで語るか」「どの深さで設計するか」は、今後ますます重要な問いになっていきます。
MCLMは、こうした複雑な市場構造を“見える化”し、全体戦略・チーム連携・メッセージ設計において共通言語となるフレームです。
これからの競争は、「勝ち負け」ではなく、「どのLayerを定義できるか」という新しい領域へと移行していきます。
今、自社はどのLayerに立っているのか?
そしてこれから、どのLayerを定義しにいくのか?
その問いへの第一歩が、MCLMの理解なのです。